目が覚めて、というか目を閉じるということをみずから選ぶことはできなかったので、朝が来たときを、わたしたちは目が覚めた、ということにした。その白さは朝に似合うということをその場にいる誰もが知っていて、だから月あかりよりも日差しのことを想像するほうがずっと容易だった。立っていることができる幅は出窓と呼ぶにはすこし狭くて、それでも、わざわざどこかに行くことはほとんどなかったので、おそらく重要ではないことだった。誰かによって運ばれるときにかすかに鳴る、小さな鈴が目印だった。
丘の上で起きていることを、わたしたちはとうに知っていた。そのことを思って前足を思い思いに動かすと、それによって次第にやわらかくなる境界がある。そのときの感情にたとえばかたちがあったなら、誰もが同じように、物理的にふれることのできる手触りをもっていたのなら。季節に匂いがあるように、そんなふうにあなたのことを、もうすこし理解できたでしょうか。青みがかった紙の厚み、かすれた文字は毛束で頬を撫でたようにざらついて、向こうが見えるほどに透き通った布切れをくぐっては、遊ぶ、ことができる。わたしとあなた。それが知らない店のカーテンでも、いとおしい人のショールでも同じことだった。摩擦によって、毛並みは粒径に変換される。この出窓のふちから見えるものは見えるし、見えないものは見えない。たとえ近くても。
窓の外に、遠くで裂ける空気の音が聞こえる。そのとき、動かすことのできない、伸ばすことのできない長い耳が心なしか揺れる。何か、どこかがもの狂おしいほど軋んでいる、その間も夜間工事の音は鳴りやまない。救急車のサイレン。雨音。スケートボードの滑走音。
小さな鈴がかすかに鳴る。その音だけが目印になった。
2026.3.4